用語の言い換え

ネット上のニュースサイトで見つけたが,国立国語研究所第4回「外来語」言い換え提案中間発表を出している。「幅広い御意見の募集」(パブリックコメントという「外来語」は使わないようだ)を11月7日まで行っているそうだ。
今回言い換えが提案されたのは35語で,その中には「バイオマス」「ビオトープ」「ヒートアイランド」「リデュース」「リユース」などいわゆる環境分野の用語もかなり含まれている。各用語の解説には「言い換え語」「用例」「意味説明」「手引き」「その他の言い換え語例」が示されている。たとえば「リユース」の項目の手引きを見ると「循環型社会形成推進基本計画」とか「3R」にふれたかなり詳しい説明がある。
それで「ビオトープ」の項目を見ると以下のようになっていた。

言い換え語

生物生息空間

用例

陸域から海岸域までのビオトープ〔生物生息空間〕を形成するための海と陸の緑のネットワーク事業を実施します。

意味説明

小川や池など,野生の生物が生息できる環境を人工的に作った空間

手引き

・ 「ビオトープ」で生物の生態を観察する側面に焦点を当てる場合は,「生態観察園」の語を用いることもできる。庭園風に作ったものを「ビオガーデン」という場合もあるが,同じく「生態観察園」と言い換えることができる。
・ 「ビオトープ」と呼ばれている場所を紹介する場合も,言い換え語やその他の言い換え語例,あるいは意味説明の語句などを用いて,説明を付与することが望ましい。

その他の言い換え語例

野生生物の生息空間 生態観察園

同業者なら「言い換え語」「用例」と「意味説明」「手引き」との間に意味の乖離があることに気づくだろう。ビオトープはもともとドイツ語で「生き物の棲む場所」という意味で,どこにも「人工的に作った」という意味はない。ところがこの語が日本に持ち込まれたあと「水辺ビオトープ」「学校ビオトープ」などと「人工的に作った」空間のことだけを意味するようになってしまった。「生態観察園」という言い換えが指し示すのはこの(日本で意味が変わってしまった)「ビオトープ」である。
その後,「新・生物多様性国家戦略」の頃から,「野生の生き物と共生するまちづくり」とか「生態系の保全」といった文脈で,元のドイツ語の意味に近い「ビオトープ(生物生息空間)」という言葉が使われるようになった。どこかの行政文書(○○市環境基本計画とか)から引いてきたと思われる上記の「用例」は明らかにこの意味で用いられている。「海と陸の緑のネットワーク事業」は「学校ビオトープを整備する事業」ではなく,「都市域の残存樹林の保全」とか「干潟湿地の保全」「河川敷の自然植生の再生」といった事業により山から海まで生き物が利用できる緑地のネットワークをつくることのはずだ。つまり,「生物生息空間」という言葉は「人工的に作った」空間も含まれはするが,生き物の生息場所となる緑地や水辺空間すべてを指している。
言い換え提案については,「ビオトープ」は言い換え語を(1)生物生息空間(元の語義に近い)と,(2)生態観察園(日本で意味が転化した語)の2つに分けてもらいたい。(2)の用例としては「小学校のビオトープ(生態観察園)はシュロガヤツリとボタンウキクサが繁茂してしまって見る影もない」とか・・・(あとでパブコメに書く時は「小学校のビオトープ(生態観察園)でミズアオイの花が咲いた」にしておこう)。(1)の意味説明は「生き物の棲む場所。特に樹林や水辺など都市化によって失われつつある生物生息空間を示すことが多い。」でどうだろう。
もっとも,国語研究所がいくら言い換え提案をしても「外来語」が使われる状況は変わらないように思う。「新しい概念」を示す「カタカナ語」は便利で,言い換えはどうしても説明的になるからだ。「ビオトープ(生態観察園)」が最初から「生態観察園」という名前だったら,日本中の学校で作られたりはしなかっただろう。